好きだからこそ、やり過ぎてしまう。

わが子に、夢を聞いてしまったり、夢が無いと言われたら夢を持つように言ってしまったことはありますか?
後輩に対して、仕事に対してはやりがいを持つように、自信を持つように言ってしまったことがありますか?
恋人に対して、もっと自分自身を好きになるように、しっかりとするようにと言ってしまったことはありますか?
私たちは、相手を大切に思うあまり、好きだと思うあまり、自分自身がされて嫌なことをしてしまうことがあります。
例えば、あなたは子供時代に、色々な大人の人から「将来の夢・やりたいこと」を聞かれたことがありますか?
全く聞かれたことが無い人は少ないと思います。
私は、高校時代に将来の夢なんてなくて、そのような質問が嫌でした。あなたはどうでしょうか?
小さいころから夢を持ち続けて、質問されてもしっかり答えられましたか?
それとも、夢を質問されることは嫌だけど、波風立てないように、嘘をついていたでしょうか。
それなのに、私は、つい子どもたちに夢を聞いてしまうことがあります。
その気持ちの背景には、相手のことが好きだから、相手に良くなってほしい。
だから、そのための想いをぶつけてしまうことがあります。
夢を持って、充実した毎日と充実した未来を過ごしてほしい。
やりがい・生きがいを持って、楽しく仕事に取り組んでほしい。
自信を持ち、自分を好きな状態で笑顔で過ごしてほしい。
それらを持って、幸せに過ごしてほしいと思うのです。
そんな思いが前面に出て、相手に夢があるか、やりがいがあるか確認し、無いのであればそれらを持ってほしい。
好きだからこそのエゴが強く出ているのだと思います。
私も、反省をしました。
だって、夢が無くても、やりがいが無くても、
毎日を幸せに過ごす人がいます。
それらがあった方が、幸せを感じやすいという可能性の話です。
自信を持ち、自分を好きな状態の方が幸せになりやすいです。
ただ、無くても、毎日が幸せだと思う人もいます。
そして、夢が持てないとき、自分が好きじゃないときに
「夢を持ちましょう」「自分を好きになりましょう」と
言われたら、あなたはすぐに夢を持ち、自分を好きになれるでしょうか。
無理ですよね。
だからこそ、
好きだからこそ、押し付けていないか。
好きだからこそ、やり過ぎていないか。
振り返りたいと思いました。
あなたはいかがでしょうか?