倫理と本心の葛藤

先日、相談の枠組みの話の中で、倫理的にダメと思うようなことであっても
遠慮なく話して頂きたいと書かせて頂きました。
これは本当に私自身、いつも思っていることです。

多くの方は、様々な思いを持っています。
中にはご自身の本心に気付かない方もいます。

例えば、母親は無条件に子どもを愛して当然という倫理観を持っている方は、
実際に赤ちゃんが連日連夜泣き続けていて、誰も助けてくれる環境が無ければ、
赤ちゃんを責めることができない場合、ご自身を責めることになってしまいます。

本心として、無条件で愛することができれば理想だけど
現実には、この赤ちゃんのせいで私はフラフラで、今はとても愛せない。
むしろ休ませてほしい。
こんな思いを抱いても、私はおかしいとは思いませんし、
母親失格とは思いません。

しかし実際には、様々な倫理的な考え方を守ろうとするあまり、
私はこうしなければいけない、私はこれが出来て当然だという思いを持っていて、
それをできない自分を責めているという方が多いように思います。

私は私の弱さ、醜さ、不出来さ、情けなさを
人よりも理解は出来ているように思います。自慢することではありませんが。
そして、倫理的には様々なことをできれば良いけれど、
私にとってその倫理的なものを全て守るのはハードルが高いとも思っています。

それだったら、最低限の所だけ守ればいいや、という風な
倫理的に素晴らしい方からしたら眉をひそめられるような考え方をして
生きています。
そして、そんな本心を優先していますが何とか社会の中で生きています。
案外、生きていけるものです。

もし社会のルールや常識というような目に見えない倫理的なもので
ご自身が苦しくなっているということであれば、
私であればお話を聞かせて頂き、その苦しさを少しでも理解させて頂くことはできると思います。

そんな風に感じた今日この頃です。