「昔」と「今」の違い、続き

ある友人がこんな事を言いました。

 

「最近、上司から言われる言葉が凄く腹立つ。
 昔は書類も全部手書きで大変だった。一言書き間違えたら、
 全部書き直さないと駄目だった。
 今の奴等は楽をし過ぎている。もっと働け。
 ってよく言ってくるねん。
 昔と今は違うねん。


 昔は手書きで伝票を書けるスピードで仕事をしても、
 一生雇って貰える環境やったけど、
 今は、携帯とメールで24時間連絡来るし、
 資料もすぐにメールで送るのが当然と思われてるから
 昔よりも仕事量は多いねん。
 しかも、給料も安いし、この先どうなるか分からんし。


 昔の人達は楽しすぎや」

 

若干、泉州弁がキツイ友人です。

私には、昔の方が楽なのか、今の方が楽なのかは分かりませんが、

一つ分かる事は、昔よりも精神的に忙し過ぎて、
本質的な事を忘れてしまっている気がします。


この友人が言う様に、携帯があるので24時間、連絡が取れるという便利さが生まれましたが、
良く言われている様な1人でゆっくりと誰にも邪魔されない時間と言うのは取りにくくなりました。


さらには、24時間連絡が取れる前提だから、中には一方的にメールや電話をして、
相手が返して来ない事に腹を立てる方もいらっしゃいます。


昔は、固定電話が当たり前の時は、夜中に電話が来たら、

掛けていた相手に怒鳴っていた事でしょう。
今は逆で、出ない事に怒る人がいらっしゃるのです。

 

携帯電話やメールも本来は、すぐに連絡が出来る便利さが求められ作られたと思います。

移動しながら電話が出来るから、移動の時間も余裕が取れて、楽になるだろうと考えたと思います。

それが、いつの間にか、携帯やメールに拘束され、余裕を持つ所か、

より忙しくなってきました。


他にも、ツィッター・Facebook・スマートフォン・タブレット端末など、非常に便利な物が増えました。

 

これらも初めは、美味しい物を見つけた感動を誰かと共有したい思いで呟いたり、
過去の思い出の写真を他の人にも見て貰って、楽しい気持ちを共有したいという思いで
ツィッターなどを使い始めたりすると思います。

スマートフォンはいつでも音楽を聴ける、動画を見て楽しめる。そんな気持ちかもしれません。


一方で、それらの更新に気を使ったり、何気ない一言が文字として残り非難しあったり、
お客さんそっちのけで更新に気を使う店がある、なんて話も聞いた事があります。


スマートフォンも、ふと耳を澄ませば、風の音・鳥の声・水の音、綺麗な夕焼け、
夜空の星、そんな沢山の感動が周りにあり、楽しむ事は色々出来るのに、

つい画面ばかり見てしまい、今ある感動を見逃すという事も起こっているかもしれません。


初めに、何の為にこれをしたかったんだろう?
メールを送り合うのはどうしてだろう?
それを考えて、本質の部分にある自分の気持ちにも向き合って下さい。


自分の気持ちは、何かをしなくても、今ある物で満足する心かもしれません。


「今」を忙しく生きる方へ。
いつもお疲れ様です。
時には、ゆっくり休んで、自分の心を大事にしてあげて下さいね。